8.Go Home(1)

「アシュア。アシュア。」
揺り動かされてアシュアは呻きながら目を開けた。
そばに立っていたのはナナだった。
ナナは変わらず化粧気のない顔に髪をひとつに束ねてアシュアを見下ろしていた。
目が大きく鼻筋が通っているので、彼女は自分でもあまりお化粧をする必要性を感じていないらしい。
「もう…起きたの?」
アシュアは目をこすりながらげんなりして起き上がった。
「勘弁して欲しい…。なんか食わせて…。」
「だから食事をしてからと言ったのに…。寝てしまうほうが先なんだから。手を繋ぎながら点滴しましょうか。」
ナナの言葉にアシュアはかぶりを振った。
「口から食べるほうがいいっす。手ぇ繋ぎながら食います。」
「用意するわ。」
ナナは苦笑すると部屋を出て行った。
アシュアはやれやれというようにベッドから降りた。
もう何日こんなことを続けているだろう。
ケイナと手を繋ぐのは信じられないほど疲れる。
エネルギーを吸い取られていくようだというのは大袈裟ではなく本当のことだった。
疲労の度合いが生半可ではない。
体を動かしているわけでもないのに空腹感が襲いかかってきたが、それよりも疲労感のほうが勝って、いつも途中で半分気を失うようにして眠ってしまった。
眠ったと思ったら起こされる。その繰り返しだ。
ケイナはもともと人と触れ合うことが苦手なほうだった。
それがなんで今このときに自分と手を繋ぎたがるのか分からなかった。
ここ数日は夜は数時間寝て、昼間に起きているらしい。
黒いガラスのはめ込まれたガードがついているので、彼の目を確かめることができない。
だからナナやほかの医師たちが言うことを信じるとすればそうなる。
なんだか生まれたばかりの赤ん坊の世話をしているのと同じような気分になった。
ダイとブランが生まれたばかりの頃がこんな感じだった。
双子だから、夜中に小刻みに目を覚まして泣き出すと、リアと一緒に自分も起きた。
リアが片方に授乳しているあいだ、自分がもう片方を抱いてあやす。
ダイは生まれたときから抱いてやればおとなしくなる子だったが、ブランはひたすら耳をつんざくような大声で泣く子で大変だった。
最初の一ヶ月は慣れなくて寝不足が続いていたように思う。
それがだんだん夜中に起きる回数が少なくなっていく。
でも、自分の子供だから苦もなくできた。
ケイナの場合は赤ん坊ではないし、抱きながら動き回れるわけでもない。
彼が起きている間はずっと座って手を繋ぎっぱなしなのだ。
トイレが近くなるから水分もそんなにとれない。
ナナは尿道に管を通そうかと提案したが、アシュアはそれだけはやめてと懇願した。
そんなことをしたら本当に倒れてしまいそうだ。
「ケイナぁ。おまえさ、ほんとに目ぇ覚めてる?」
アシュアは左手をケイナと繋ぎながら、右手でナナの用意してくれたパンを持ち、もさもさと食べながらつぶやいた。
『アライド』のパンって固い…。
アシュアは思った。
ナナはハムらしい肉と野菜を挟んでくれていたが、あまり美味しくなかった。
ケイナの指が自分の手の中でかすかに動くのが感じられた。
アシュアはパンにかぶりつくのを止めた。
『待てよ…。』
アシュアはそっとナナと数人の医師たちのほうをうかがった。
ケイナと少し離れたところで計器類を見つめている。
ふっと浮かんだ自分の考えは彼女たちに筒抜けになるだろうか。
ケイナの脳波に出てしまうんだろうか。

NEXT>> TOP