8.Go Home(2)

アシュアは意を決して彼女たちに気づかれないよう、そっとケイナの耳元に顔を寄せた。
「ケイナ、おれの言うことが聞こえてるんなら、指動かしてくれよ。イエスなら1回、ノーなら2回。」
そして続けた。
「こんなふうにおまえと会話したら向こうで分かっちまうと思う?」
しばらくして2回、小さく彼の指が動いた。
答えはノーだ。
「つまり、分からないってこと?」
1回。イエス。
ばれたらばれたときのことかな。
アシュアは思った。
「おれのこと、分かるの?」
1回。イエス。
「セレスやカインのことは?」
1回。イエス。
アシュアは震えそうになった。
「覚えてるのか…?おまえ…。」
固唾を呑んで待った。
答えは1回。イエスだった。
アシュアはもう少しで持ったパンを落としてしまうところだった。
ケイナは記憶を失っていない…!
「おまえ、声は出せないの?」
1回。イエス。
「カインに…教えてやりたいんだけど…。」
2回。ノー。
どうして?
なぜカインに知らせてはいけない?
「なんで…。」
つぶやきかけてアシュアはかぶりを振った。
こんなことの答えは返せない。
ナナがこちらを向いたので、アシュアは慌ててパンを口にほおばった。
ナナはすぐに顔をそらせた。
「みんな心配してるぜ…。セレスもさ、もうちょっとしたら目を覚ますかもしれないってさ。」
1回。イエス。
「地球に…早く帰ろうな。」
ちょっと涙がこぼれそうになった。
「みんなでまた一緒に暮らそう…。」
ケイナの指は動かなかった。
再びパンを口に入れようとしたとき、アシュアは思わず大きな声をあげていた。
自分の手を思いもかけない力でケイナが握ったからだ。
それは途方もない力だった。
振りほどきたくても振りほどけないほどの。
「ど、どうしたんですか!」
ナナが飛んできた。
アシュアは小刻みに喘ぎながら床にひっくり返っていた。
ケイナとの手は離れている。
「あ、いや、その、ええと…。」
アシュアは困惑して立ち上がった。
「食べながら寝ていたの?」
ナナが呆れ顔で言ったので、アシュアは慌ててうなずいた。
「そ、そうなんだ。なんか夢を見たみたいでさ。」
「子供みたいね。」
ナナはそう言うとさっさと背をむけた。
ポニーテールが背中で揺れた。
アシュアは自分と一緒に倒れてしまった椅子を元通りにし、再びおずおずとケイナの手を握った。
「びっくりさせやがって…。」
そうつぶやくと、しばらくして彼の指が動いた。
1回…2回…3回…4回…5回。
5回?
5回ってなんだろう。
アシュアは首をかしげてケイナの顔を見た。
仰向けのまま横たわる彼の口がほんのかすかに開き、そしてわずかに笑った。
見間違えではないかとアシュアは何度もまばたきをした。
しかし、一瞬のちには彼の顔は再び無表情に戻っていた。

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