6.ゼロ・ダリ(1)

(『アライド』の朝はいつ来たのか分からないような感じだな。)
アシュアはホテルの小さな窓から外を眺めて思った。
ベッドも家具調度品も決して悪くない部屋なのだが、どうも居心地が悪い。
窓の外を見るとさらに気持ちが滅入った。
『アライド』は真夜中になってもずっと明るくて、うっすらと青白い夕方のような感じだった。
火星に似ているこの星は、ほとんどが赤い土で覆われている。
日が暮れると遠くの赤い山々が薄青い光の中に浮き上がって毒々しいほどのコントラストを見せていた。
ただ、『アライド』は恒星ではない。人工の星だ。火星の周囲を回って、太陽の光を間借りしているような小さな星だ。
居住区では地球に近い環境が作られているとはいえ、重力が違うからなのか、アシュアはあまりこの星の生活には自分が合わないと感じた。
ずっと気が滅入っているような感じがする。
『ゼロ・ダリ』という医療施設で治療を受けるケイナの姿を直に見たこともあるかもしれない。
目を逸らしたくなるほど痩せこけてしまった彼の姿はかなりショッキングだった。
そげてしまった筋肉を元通りにするのはかなりの時間が必要だろう。
『ノマド』の長であるエリドは、ケイナは『ノマド』に帰らないだろうと言ったが、あんな状態では動くこともままならないはずだ。
ケイナが帰りたくないと言っても、やはり目が覚めたあとは自分の目の届くところでリハビリをしてもらいたい…。
アシュアはそんなことを考えていた。
昨晩のうちに用意しておいた簡易食を口に放り込むと、水で流し込んでアシュアはホテルを出た。

『アライド』では、みな一様に厚いガラスがはめこまれたアイマスクをつけていた。
頭の上半分を覆うようなマスクをとると、鋭い切れ長の目が現れた。
『アライド』の種は目が弱い。
弱さの度合いは血の濃さによって違うようで、屋内に入るとマスクを外す者もいる。
今はつけていないが、カインも昔はメガネをかけていた。
彼らを見るとカインの特徴ある切れ長の目はやっぱり『アライド』の血なのかなとアシュアは思う。
『アライド』の起源のことをアシュアはよく知らない。
彼らがいったいどこから来て、どうしてわざわざ火星を回る人工の星に住むことにしたのか、人工の星に住むくらいなら、どうして火星に住まなかったのか、アシュアにはそれが不思議だった。
微妙な重力の差が『アライド』の種に合わなかったのかもしれない。
今はもう混血ばかりが人口の大半を占めているから、純粋な『アライド』種は探すほうが難しいだろう。
結局ここも純血種は淘汰されていってしまったのだ。
地球人、という種に乗っ取られて。
いや、彼らはむしろ地球という血を入れなければ残っていくことができない種だったのかもしれない。
ただ、ここに住む人は外見のとっつきにくさからは考えられないほど、外からの人間に友好的だった。
歩いていた人に地球で調べてきたクレイ夫妻の住所を差し出すと、アシュアが初めて声をかけたにも関わらず、ふわふわと頼りなく飛ぶ白い正方形の箱のような乗り物に乗せてくれた。
これが彼らの乗用車なのだろう。
プラニカでもエアバイクでも、乗ればそれなりにエンジンの振動が体に伝わる乗り物に慣れているだけに、ふわりふわりと小さく上下運動を繰り返しながら前に進むこの乗り物にアシュアは一瞬酔いそうになった。
吐きそうになる前に寝てしまおう。
そう思って目を閉じたときにクレイ夫妻の家に着いた。

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