6.ゼロ・ダリ(2)

クレイ夫妻の家は居住区の中心からは少し外れた、郊外の小さな家だった。
家の前には花が植えられていたが、咲いている花の色はあまり鮮やかではなかった。
成長のしかたもどこか貧相だ。『アライド』の土地や日照時間の限界なのかもしれない。
その奥にある、白い壁の建物に向かってアシュアは歩を進めた。
『アライド』では人を呼び出すとき、どうするんだろう。
ドアの前でアシュアが困惑していると、勝手にドアが内側に開いた。
びっくりして一歩後ずさると、にこやかに笑みを浮かべた女性が立っていた。
彼女がセレスの養母だったフェイだろう。
昔は真っ黒だったと思われる彼女の髪は半分が灰色になっていた。くるりとした目に、どこか懐かしさを感じる。
「アシュア…セスさん?」
アシュアはさっと軍式に敬礼をした。
「待っていたわ。どうぞ」
促されるままに家の中に入った。お菓子を焼いていたような、甘く香ばしい匂いがかすかにする。
質素で小ぶりな家具類や、きちんと整えられた清潔そうな部屋の様子にアシュアはほっと気持ちが落ち着くのを感じた。
壁にはいくつかの写真が飾ってあったが、そのうちの一枚に見覚えのある顔を見つけてアシュアは足をとめた。
こちらを見て屈託のない笑みを浮かべている少年…。
「それ…。セレスが10歳くらいのときのものです。」
フェイがアシュアの様子に気づいて言った。
「その頃はまだ体があまり丈夫じゃなくて。ハルドについて『コリュボス』に行くなんて言い出したときは、どうしようかと思ったわ。『コリュボス』に行ったら行ったで今度は『ライン』に入る、でしょう?」
アシュアはあいまいに笑みを浮かべた。
「あ、どうぞ、奥に入って。お茶を入れてお持ちしますから。」
指し示された手に沿って奥のリビングに行くと、初老の男性が待っていた。
「どうも。ケヴィン・クレイです。」
彼が手を差し出したので、アシュアはその手を握り返した。
「急な訪問ですみません。」
「いや、とんでもない。来てくれて嬉しいよ。」
ケヴィンは思慮深そうな顔立ちだった。
セレスの父親はフェイと姉弟だから、彼とセレスは似ているはずがないのだが、笑うと深く刻まれる目尻の皺は、どことなく人懐こいセレスの笑顔を思い出させた。
椅子を進められてアシュアが座ると待ちきれないようにケヴィンは口を開いた。
「セレスの様子はどうですか。」
「ええ…。」
アシュアは答えた。
「覚醒は近いんじゃないかということです。いつかっていうところまでは分からないんですが。」
「そうですか…。」
ケヴィンはうなずいた。
フェイがトレイにティカップを乗せて現れた。小さな皿に焼き菓子を添えている。甘い香りはこれだったのかもしれない。
「できればあの子のそばにいてやりたいんですけど…行っても会わせてもらえないって言われて…。」
フェイはカップをそれぞれの前に置きながら言った。
「自分たちも、そうそう会わせてもらえるわけじゃないんです。でも、心配しなくても大丈夫ですよ。彼の看護は最高レベルですから。」
アシュアは慰めるようにフェイに言った。フェイはうなずいた。
「あの子…ハルドが亡くなったことを知らないのよね…。」
彼女は皿を置く手を止めて悲しそうにつぶやいた。
「お兄ちゃん子だったのに…。」
アシュアは何も言えずに目を伏せた。

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