5.花(1)

カインは小刻みに休憩をとりながらではあったが、自分の部屋で日々の仕事をこなした。
ケイナが一週間前後で目覚めるかもしれない、という報告を受けたのはデスクに向かい始めて2日目の、まだ朝の早いうちだった。
すぐにでも『アライド』に行きたくなる気持ちを必死で抑えた。
アシュアが『アライド』に行くなら、いろいろ詳しく様子を知ることができるだろう。
それまで待つしかない。
小さな音がして、ティが部屋に入ってきた。
彼女は前よりはだいぶん少ない紙束を持ってやってきた。
ほとんどの書類は全部データで目の前のマシンに転送されてくるようになったので、紙になるものが少なくなったからだ。
彼女はオフィスでやっていたのと同じようにカインのデスクの上に紙束を置き、そのまま部屋を出ていきかけて、ソファに脱ぎっぱなしになっていたカインの白いシャツを持ち上げてハンガーにかけた。
そのあとテーブルを拭き、汚れたカップを洗浄機にいれ、部屋の中を片付け始めた。
「ティ。」
カインは声をかけた。
「それはきみの仕事じゃない。ほうっておいてくれていいよ。」
「でも、今はハウスキーパーも入って来られませんよね?」
ティはそう答えると再びぱたぱたと動き始めた。
カインは小さくかぶりを振って再び書類に目を落とした。 「食事、ちゃんととってます?」
彼女は動き回りながらカインに尋ねた。
「まあ…それなりに。」
カインは書類を見つめたままで答えた。
「昨日は何を?」
「覚えてないよ。別に気にもしていないし。」
カインは思わず顔をあげて苦笑した。
「カインさんて、ほんとに食べることには執着がないんですね。」
ティは呆れた顔でカインを見た。
「医者がプログラムしていったんだ。別に体に悪いものじゃないからいいだろ。」
素っ気無くそう答えると、カインは別の書類を数枚とりあげた。
「ティ、これをヨクに渡して。第3セクションの統計がおかしい。あと、ラビス社からの納入原料の量が聞いていたものと違う。確認して欲しい。ここにチェック入れてるから。」
書類を差し出されてティは慌ててデスクに駆け寄ったが、自分の手が濡れていることに気づき、急いで自分のスカートで拭い取ろうとした。
「あっと…。」
カインがそれを見咎めた。
「そういうのはだめ。ちゃんと拭いてきて。」
ティは顔を赤らめると手を拭きに行き、再びデスクの前に戻ってきた。
「だからいいって言ったのに。」
カインは椅子の背もたれによりかかると彼女の顔を見上げた。
「すみません。」
ティは肩をすくめていたずらを咎められた子供のような顔をした。
「やってくれるのはありがたいけど…。」
カインはため息をつき、彼女から視線をそらした。
「ずいぶん疲れた顔してる…。顔色悪いよ?」
ティは戸惑ったように自分の頬に手をあてた。
「マスコミはきみのほうまで直接コンタクトをとろうとしてくる?」
カインが尋ねるとティはかぶりを振った。
「ヨクがかなりガードを固めてくれたので今は全然ありません。事件の直後は大変だったけれど…。ヨクがここのビルの中に部屋を確保してくれて、自宅の荷物もほとんどこっちに移動させたんです。」
カインはそれを聞いて彼女に目を向けないまま眉をひそめた。
ティまで軟禁状態か…。

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