5.花(2)

「でも、あと一ヶ月くらいのことだろうとヨクは言ってました。少しの我慢ですから。」
ティはカインの顔を覗き込むと明るく言った。
「だといいよな…。」
カインはデスクの上に肘をつくと頬杖をついた。
そしてふと思い出して彼女の顔を見た。
「きみはお母さんとふたり暮らしじゃなかったの。」
ティは笑みを見せた。
「母はたまたまですけど、二ヶ月前に『コリュボス』のほうに引っ越したんです。気管支が弱くて…。あっちのほうがまだ環境はいいので。母にまでは影響は及ばないと思います。」
「そう…。良かった…。」
ヨクはたしか結婚をしていないから家族はいない。
たぶん彼も居住をビル内に移動させているだろう。
広報を担当しているスタンリーやそのほか何人かの重役たちも同じかもしれない。
「みんなに…負担をかけてしまったな。スタンリーも大変だろう。」
「カインさん。」
ティは言った。その顔に再びいたずらっ子のような笑みが浮かんでいる。
「スタンリーが双子だってご存知ないんですか?」
「え?」
カインが目を丸くすると、ティはくすくす笑った。
「双子なんです。ラン・スタンリーとエン・スタンリー。見た目もそっくり。あのふたりの区別をつけるのはとっても難しいんですよ。」
双子…。カインはスタンリーの生真面目そうな顔を思い出した。
ああいう顔がそっくりそのままもうひとつ存在するというのか。
「スタンリーは社外対応の中でもクレームやトラブルの大変な部分を担っているんです。大変だから交互に対応するんです。でも、いつどっちになっているのかは分かりません。直の上司くらいしか知らないんじゃないかしら。だから心配ご無用。たぶんきっちり交互に週休をとっていると思います。」
「はー…。」
カインは声をあげて息を漏らした。
「会社の中でも知らないことが多いんだな…。ぼくはてっきりスタンリーはひとりだと思った。」
「会ったことはあります?」
ティは書類をとりあげた。
「うん…。もうだいぶん前だけど…。双子だなんて聞いていなかった。」
「ランとエンのどちらだったのかしらね。あの人たち、たとえ社長の呼び出しでも休みの日は出て来ないわ。そういうところ、すごくきっちりしてるの。誰も触れない自分だけのスイッチを持ってるみたい。そのスイッチが切り替わらないと片方は動かない。でも、彼らへの信頼は絶大だわ。」
「そうだろうね…。」
カインはぼんやりと宙を見つめた。
双子…。あのエレベーターホールで会ったケイナが、ケイナの双子の片割れだとしたら…?
(まさかね。)
カインは苦笑した。ばかばかしい…。
トイ・チャイルドの資料は全て目を通した。最後の子供はケイナとセレスだけだったはずだ。
「きみも双子だなんて言わないでくれよ。」
カインが言うと、ティは笑った。
「わたしは一人っ子です。」
そして書類を片手に踵を返しかけて、ふと足をとめた。
「カインさん…。」
再び書類に目を落としかけていたカインは顔をあげた。
「スタンリーの奥さんって、双子なんですって。」
彼女の言葉にカインは怪訝そうな顔をした。
ティは一瞬目を落としたあと、カインの顔を見た。
「それぞれ姉妹の双子の奥さんと結婚したんですって。双子って好きになるタイプも似てるみたい。」
「ふうん?」
カインは彼女が何を言わんとしているか理解しかねていた。
「彼は運よく双子の姉妹と出会ったかもしれないけど、そんなラッキーなことってそうそうあるわけじゃないと思うんです。」
「うん…まあ、そうだね…。それがどうかしたの?」
「いえ…。」
ティは幽かに笑った。
「それだけです。」
カインは部屋を出て行く彼女の後ろ姿を不思議そうに見送った。

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