28.目が覚めると明日がくる(1)

『ノマド』の出生率は高いものではなかった。
80年で増えた人口は6000人ほどだっただろう。
そのうち、5年以内に寿命が尽きる者は約3割。
アライドには『A・Jオフィス』を中心にして、50名ほどの『ノマド』と『アライド』との混血者がいた。
『トイ・チャイルド』の血を引くケイナとセレス、そしてかつての『ビート』のメンバーを合わせると全部で6000余名になっていた。
『ノマド』と『アライド』の混血は、いずれ淘汰されて『アライド』寄りの遺伝子に傾いていくだろう。『ビート』はもともと遺伝子の問題を改良するタイプではない。

『ノマド』は悪夢を見ていた。
最初はさほど具体的な悪夢ではなかった。
夢見の能力は万能ではない。何が暗い闇なのか、それすらも見極めることは難しかった。
エストランド・カートやバッカードは小さな点の存在でしかない。
彼らが存在しようとしまいと、『トイ・チャイルド・プロジェクト』は白い布についてしまった染みのように、命の流れの中にこびりつく。
そのことだけは夢見の能力を持つ誰もが感じていた。
それでも夢見たちは、誰もが本能的に自らが侵してはならない領域というものを知っていた。
どんな悪夢を見ようとも、命の操作だけはしてはならなかった。
その時に死に行こうとしている者を再び起こし、目覚めるべき者を眠らせることはしてはならなかった。しかし、彼らは命の流れに手を出した。
理由がどうであれ、アシュアを助け、ハルドを生かそうとした。
眠りにつくはずのケイナとセレスを起こした。
その結末は消せない染みをずっと残していくことになった。
また同じことが繰り返されていくのだろうか。
『ノマド』がこの世にいる限り。
プロジェクトの子供がいる限り。


オフィスに戻ったとき、既にリアと双子たちがいなくなっていたことにカインは違和感を覚えたが、アシュアが「受け入れの準備があるから先に戻ったんだと思うよ」と何気なく言ったので、腑に落ちない気もしたが自分を無理矢理納得させた。
ケイナの外傷はさほどのものではなかったが、体力の損耗が激しいので、彼は3日ほどホライズンに入院した。
その間はセレスがずっとつきっきりだった。
退院してから、ケイナはカインにずっと自分の首にかけていたネックレスを渡した。
「どうして?形見だろう?」
カインが怪訝な顔をすると、ケイナは微かに笑みを浮かべた。
「これがおれの命の元だった。今はもう中身は何もないけれど、持っていて欲しい。」
妙な気がしたが、カインはうなずいてネックレスを受け取った。
「別のものを渡せればいいんだけど、おれにはこれしかないから。」
「変なことを言うんだな。」
カインは笑った。
「きみが元気でぼくの目の前にいてくれることが一番だよ。それ以上は何もいらない。」
ケイナは何も言わなかった。
「やっぱり『ノマド』に行くのか?」
ためらいがちに尋ねると、ケイナはうなずいた。
「おれにはあそこしか行く場所はないと思うから。」
「ユージーのところに帰ったら?」
そう言うと、ケイナは目を伏せた。
「たぶん無理だ。ユージーも分かってる。」
カインには何も言えなかった。
あまりにも突出し過ぎるケイナの能力は、普通の世界では逆に生きづらいだろう。
「アシュアと一緒に、たまには来てくれるだろう?」
伏せたままのケイナの顔を覗きこむようにして言うと、ケイナはカインの顔を見て微かに笑みを浮かべた。
「その気になったら。」
「アシュアに無理にでも引っ張って来させるよ。」
カインの言葉にケイナはくすりと笑ったが、それ以上何も言わなかった。

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