28.目が覚めると明日がくる(2)

『ノマド』がいなくなったことをカインが知ったのは、ケイナとセレスがアシュアと共に『ノマド』に帰ってから一週間後だった。
ティがアシュアたちのいた部屋でカイン宛の手紙を見つけた。
カインは細かい文字でびっしりと書かれた手紙を読んだ。
アシュアがこんなにたくさんの文章を書いたのを見たのは初めてだったかもしれない。
手紙は、あのダム湖での出来事の前に書かれたもののようだった。
リンクにことの経緯を説明されたこと、『ノマド』の決心と、黙って出て行くことになることへの苦しみが綴られていた。
ケイナとセレスを黙って連れて行ってしまうことへの赦しも書いてあった。
ケイナはおそらく『ノマド』のことを許してはいないだろう。
きっとこれからも許すことなないだろう。
それでも彼は『ノマド』と行動を共にする。
そうする以外にどうしようもないことが分かっているからだ。
プロジェクトの血を引き、最新鋭の義手義足、義眼をつけられた自分が留まると、きっとカインやユージーに多くの負担をかけるだろう。彼にはそれがわかっている。
だから、意にそぐわなくても『ノマド』と共に行くことを選ぶ。
この星にはもうどこを探しても『ノマド』のコミュニティはない。
コミュニティを出て散らばっていった者も5年以内に死亡する。
おそらくどこのレーダーにもひっかからずに、ある日20隻ほどの船が飛び立っていくだろう。
船は、星を出たら地球を離れていく大きな弧を描く軌道に乗る。
もともと出生率の低い『ノマド』の最大の弱さは「地に足をつけないこと」だ。
限られた空間の中で生きていくことは、さらに子孫の減少を強いるだろう。
うまくいけば、どこかで安住の地を見つけるかもしれない。
あるいは、限られた空間でも生き抜く子孫が生まれるかもしれない。
そのことについては『ノマド』は夢見をしなかった。これからも予見することはないだろう。
やがて船は永遠に弧を描いて周り続ける星のひとつになるかもしれない。
地球を離れて行き、次に近づくのは150年後だ。
ただ、20年後に一度だけ、もう一度会うことができるとアシュアは書いていた。
そこが小さな星間機で地球に戻ることができる限界点らしい。
そしてその日は夢見たちが何かを感じている日なのだという。
最後に別れた場所で同じ時間に行くから、とアシュアは書いて手紙を終えていた。

カインは何度も手紙を読み返し、元通りに封筒に入れた。
不思議と涙はこぼれなかった。
しばらく封筒を見つめたあと、上着をとりあげそれを内ポケットに入れた。この手紙はこれから肌身離さず持つことになるだろう。
ケイナが渡してくれたネックレスはあれからずっと自分の首にかかっている。
「カイン、そろそろ出るぞ。」
ヨクがオフィスに入ってきたので、カインはうなずいた。
彼は、夢見たちの予見が外れたことを知らなかった。

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