27.最後の言葉(1)

ティは、向かい合って手遊びをする双子に顔を向けた。
自分の父親が危ない目に遭っているかもしれないというのに、この子たちはどうしてこんなに落ち着いているのだろう。
リアは腕を組んで壁にもたれかかり、ぼんやりと窓の外を見ている。
たくさんの兵士が警護をしてくれているとはいえ、不安にならないのだろうか。
リアの視線の先を辿って窓の外にちらりと目をやると、いつもと変わらぬビル群が目に飛び込んで来た。
ドーム越しに見る空も青い。眩しいほど青い。
ティは目を逸らせると自分の手元を見つめた。
何もできない。ただ待っているしかない。そのことが辛かった。
「ねえ。」
ふいにリアが話しかけたので、ティは彼女に顔を向けた。
「この服、ほんとにもらっちゃっていいのかしら。」
彼女は身につけていた白いセーターの裾をつまんで言った。
「ええ…。もちろんよ。」
ティは答えた。
「前に着てた赤いやつも?」
「全部あなたのものだわ。どうしたの?そんなこと聞くなんて。」
ティは怪訝そうにリアの顔を見た。リアは少しはにかんだような笑みを見せた。
「こういうのを着たのって、生まれて初めてで、ちょっと嬉しかったの。」
リアは白いセーターの袖口を自分の頬に押しつけた。
『ノマド』では感じたことのない優しい肌触りにうっとりする。
「ずっと『ノマド』にいて、外の生活って経験がなかったの。外の世界は柔らかい服やきらきら光るものがあって素敵ね。」
「あたし、きらきらするのは嫌い。」
ブランが口を挟んだ。
「お母さんが持つ剣だって、ほんとうは嫌いなんだから。」
ティとリアは思わず顔を見合せた。リアがくすりと笑った。
「森の中で目立たないようにするから、くすんだ色の服ばっかりだったの。」
「剣を持って戦うため?」
ティが尋ねると、リアは肩をすくめた。
「好きだったから持ってただけで、あたしの剣術なんて、アシュアが教えてくれなかったらたいしたことなかったわ。」
「アシュアが?」
ティはびっくりしたように小さく目を見開いた。リアはうなずいた。
「ほんとはケイナに教えてもらいたかったのに、教えてくれなかったのよ。意地悪なんだから、あの子。」
ティは「意地悪」という言葉に思わず笑った。
教えてと言ってもむっつりしてそっぽを向く彼の仕草が目に浮かぶようだった。
「ケイナは不思議な子ね。愛想が悪くていけすかない子だって、わたし、最初は敬遠してたの。でも、違うみたいね。」
ティは自分の手元を見つめて言った。
「なんていうんだろう…。生きることに必死みたい。必死過ぎて、ほんとは脆くて折れそうなのに、人に寄りかかることもできなくて…。」
「みんな、そうよ。」
リアが言ったので、ティは顔をあげて彼女を見た。
「ケイナもカインもアシュアもセレスも…みんな生きることに必死。あたしもティも。」
リアは少し首をかしげてティを見た。
「あたし、ティが大好きよ。なんだか妹ができたみたいで嬉しかった。笑いながらお洋服を見て、他愛もないおしゃべりをして、それがとても楽しかった。あなたはあたしが『ノマド』の人間でもためらったり、ものめずらしそうな目をしないし、対等に話をしてくれた。もっと早くに出会ってれば良かったのにって、何度も思ったわ。」
ティは目を細めた。
「なんだかお別れするような言い方ね。」
「だって、あたしはもうすぐ『ノマド』に帰るんだもの。」
「また来ればいいじゃない。」
寂しそうな表情を見せるリアにティは言った。
「アシュアはよくここに来てるわ。あなたも来ればいいじゃない。わたしに会いに来て。」
リアはそれを聞いて笑みを見せた。
「そうね。」
「今度一緒にモールに買い物に行きましょうよ。リアはスタイルがいいからいろんな服を着ることができるわよ。わたしよりずっと美人だからきれいなアクセサリーも似合うわ。わたしが選んで……そうだわ…」
ティは視線を泳がせた。
「セレスにケイナとおそろいでネックレスを買わなきゃって思ってたんだったわ…。わたしったら、すっかり忘れて…」
そうつぶやいた途端、ぽろりとティの目から涙が落ちた。
泣くつもりはなかったティは自分でびっくりした。
リアは慌ててティに駆け寄った。
「ごめんなさい!」
「お母さん、失敗!」
ブランが立ち上がると腰に手をあてて声を張り上げた。
「ほんと、失敗しちゃったわ。ごめんね、泣かせるつもりはなかったのに。」
「わたしも泣くつもりはなかったわ。」
ティはぽろぽろとこぼれる涙に自分で途方に暮れながら答えた。
肩を抱いてくれるリアに、ティはすがった。
花の香りがする彼女の肩に顔を埋めて泣きじゃくった。

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