4.ノマド(1)

アシュアは木々の間から降り注ぐ光を見上げて目を細めた。
森の中はいつも平和だ。
何もなかったように、すべてがいつもここにある。
しばらく歩くと、落ち葉を踏み分ける音がかすかに聞こえた。
「ブラン、ぜーんぜん隠れてることになってねぇぞ。」
アシュアが言うと、小さな影が飛び出してきて彼に抱きついた。
「お父さん、お帰り!」
アシュアは笑って娘を抱きとめるとあっという間に彼女の体を肩に乗せた。
「ダイは?」
そう尋ねると、また小さな影が飛び出してきた。
「お帰り、お父さん!」
ダイはアシュアの肩に乗るブランを見あげて口を尖らせた。
「いつもブランばかりだ。」
「おまえら重くなったから、いっぺんにふたりはもう無理。」
アシュアはダイの自分そっくりの赤い巻き毛を大きな手で撫でた。
「戻ったらおまえも肩車してやるから。」
「お父さん、またすぐに出るんでしょう?」
父親の腰のあたりに手を回しながら言うダイにアシュアは目を細めた。
「なんで?」
「だって、ブランがそう言ってた。」
「え?」
ダイの言葉にアシュアはブランを見た。ブランはアシュアの頭に鼻をくっつけた。
「お父さんの匂いがする。」
ブランはそう言うとアシュアの顔を見てにっこり笑った。その顔はリアにそっくりだ。
「お父さんの匂いだけしかしないから、お父さんのお仕事は大丈夫よ。」
「ふうん?」
アシュアはブランの言葉を理解しかねてあいまいな返事をかえした。
しばらく歩くとコミュニティのテント群が見えてきた。
一番手前のテントの前でリアが待っている。
「お帰り。」
リアはアシュアの顔を見て笑みを見せた。
「うん。」
アシュアはブランを降ろすと彼女のそばに歩み寄った。
リアはアシュアの口の端にキスをした。
「またすぐに出るんだって?」
笑いながら言うリアにアシュアは小首をかしげた。
「さっきダイも言ってたけど…なんで知ってるの?」
それを聞いてダイが憤慨したように言った。
「だからブランが言ってたんだってば!」
リアがくすくす笑った。
「ブランはアシュアが出るときと帰ってくるときって分かるみたいなのよ。前に言わなかったっけ?」
「そうなの?」
アシュアはいたずらっぽく自分を見上げるブランを見た。
「お父さんのことが大好きで大好きでしようがないからじゃない?」
リアが言うとダイが頬を膨らませた。
「ぼくだって好きだよ!だのにお父さんはいつもブランばかり肩車するんだ!」
「あんたがのろいからよ。」
ブランがそう言ったので、ダイは悔しそうに彼女の顔を睨みつけた。
「あんたたち、クレスがあっちでハーブを分けてるからそれを手伝って。」
リアの言葉にふたりはしぶしぶ離れていった。リアはそれを見送ると今度は笑みを消してアシュアを見た。
「大変だったね。」
アシュアは無言でうなずいた。
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