24.わたしを呼んで(1)

「ここをしっかり固定させて…。重かったら両方の手で持っても構わないから。」
アシュアに銃を持たせてもらって、おっかなびっくりのヨクをちらりと見たあと、ケイナは部屋をあとにした。
カインが出ていく彼に気づいたが何も言わなかった。
カインのオフィスのドアを背にしたまま、ケイナは床を見つめて立ち尽くした。
自分が中心にいて周りの人間が狙われていく。
ティの護衛をしていなければ、彼女は危ない目に遭うことはなかった。
もし、ダフルと一緒でなければ彼は死ぬことはなかった。
『ビート』にいたアシュアを狙うのは、あいつにも大きな負担がかかる。
ユージーも二度と彼に隙を見せたりはしないだろう。
カインだって、もともとは『ビート』のメンバーだ。それに彼は勘がいい。
あの時は撃たれたかもしれないが、同じことにはひっかからない。軍人であるクルーレを狙うことも論外だ。
『ノマド』の守護を受けているブランやダイ、リアはともかく、ヨクやティは無力だ。滅多にオフィスの外に出ないティを別にすると、単純に次に危ないのはヨクということになる。
セレスは?セレスはどうなのだろう。
セレスは『ノマド』の守護の対象になっているんだろうか。
そう考えていると、ティのオフィスから部屋に戻ろうと出て来たリアたちが目に入った。
ブランと手を繋いでいたセレスが、ケイナの顔を見てさっと表情を強張らせる。
大きな緑色の目に嫌悪感がありありと現れた。
『グリーン・アイズ』。
ケイナも一瞬表情を固くした。
何度見てもこの表情には怒りとも悲しみともつかない気持ちが沸き起こる。
『グリーン・アイズ』は間違って起こされた。
それが『ノマド』の守護になるはずがない。
そう思った途端、自分の横をすり抜けて行こうとするセレスの腕を掴んでいた。
緑の目が驚愕したように見開かれた。
「ケイナ、どうしたの。」
リアがびっくりしてケイナに言ったが、ケイナは掴んだ腕を放さなかった。
「何が望みなんだ…」
ケイナはセレスに言った。
「なんで…セレスの体に入ってる?いったいどうして欲しいんだ。」
「ケイナ、だめよ!」
リアが慌てて彼の手からセレスを引き離した。
騒ぎに気づいてティも慌ててオフィスから顔を出した。
「セレスが混乱しちゃうわ。だめよ。」
セレスは目を見開いたまま震えている。
「セレスじゃねぇだろ!」
「だめだったら!」
リアはケイナの肩を押さえて壁に押しつけた。
ケイナは鋭い目でリアを睨みつけて彼女の手をふりほどこうとしたが、リアも負けてはいなかった。
「落ち着いてよ!セレスがどこかで見て苦しんでるかもしれないのよ?」
次の言葉を投げかけようとしていたケイナの口がぎゅっと引き結ばれた。
「ケイナ。辛いだろうけど、分かって。」
リアは懇願するように言った。
ケイナは苛立たしそうに彼女の手を払いのけると、セレスの顔をちらりと見て踵を返した。
ブランはケイナの背を見送ったあと、セレスと繋いでいる自分の手に目を移した。そしてその目を今度はダイに向けた。
ダイはブランの顔を黙って見つめ返した。
「あんたたち、部屋に戻って。」
リアは言った。ケイナの動揺に彼女の気持ちもまだ治まっていなかった。
夢見の力はあまりないはずなのに、人の激しい感情は彼女の体に跳ね返ってくる。
「セレスと部屋に戻りなさい。」
苦しげに額に手をあてる母親を見てダイとブランはうなずいた。
「お姉ちゃん、行こう。」
廊下を歩いていく3人を見送って、ティがリアに近づいた。
「リア、大丈夫?」
声をかけると、リアは顔をあげてティを見た。
「もう辛い。」
リアは力ない笑みを浮かべた。
「受け止めてと全身でカインを見るセレスを見るのが辛い。まるで忌む者を見るようにケイナを睨みつけるセレスを見るのが辛い。ケイナが苦しむ表情をするのが辛い。」
リアは顔を歪めた。
「ティ、あなたも辛いわよね、カインを恋焦がれるように見つめるセレスなんて。」
「わたしは…何もできないから…。」
ティは答えた。
自分に向けられたリアの視線から逃れるように彼女は顔を俯けた。
「何もできない自分が辛いわ。」
リアは小さくうなずいた。
「あたしもよ。どうすることもできないわ…。」
ティが目をあげると、リアは今にも泣き出しそうな顔で彼女を見つめ返した。
「いらないから消しちゃうのって、どうなのって考えたこともあった。『グリーン・アイズ』はずっと孤独で寂しかったんだと思う。でも、カインは絶対彼女を受け入れないわ。それを強要するのは、カインにとってもケイナにとっても…あなたにとっても残酷よ。」
ティはかすかにうなずいて目を伏せた。

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