23.遊び(1)

夜遅くなって、ティはようやく自分の部屋に戻ろうと決心した。
アシュアの子供たちを受け入れるために新しい部屋を大急ぎで手配し、ばたばたと走り回っているうちに気づいたら日が傾きかけていた。
カインはかなりスケジュールを調整してくれたが、結局2時間近くも残業になった。
『わたしって、つくづく段取りが下手なんだわ…。』
ティはため息をつきながらオフィスを出てドアをロックした。
明日も大忙しだ。少し早めに出社しよう。
そう思いながら振り返ったところで人影を見つけ、ぎょっとして身をすくませた。
「…ケイナ?」
人気のない廊下のダウンライトの下で光る金色の髪を見てすぐに分かった。
「いったいどうしたの!?」
慌てて駆け寄り、体中赤茶色に染まった彼の姿を見て呆然とした。
まるですさまじい戦地から帰ってきたようだ。
「怪我してるの?どこ?」
すがりつくように腕に手をかけてきたティに、ケイナはかぶりを振った。
「怪我はしていない。」
ティは戸惑いながら血に汚れた彼の顔を見上げた。
「カインさんを…呼ぼうか?」
ケイナはやはり首を振った。
「プラニカ…悪かった。騙して…ごめん。」
「なに言ってるの…。」
ティは少し怒ったような表情になった。
「騙されたなんて思ってないわ。心配したのよ。」
ケイナはティから目を逸らせると顔を俯けた。
憔悴しきったような彼の顔をしばらく見つめたのち、ティはケイナの手をとった。
「その格好でよく大騒ぎにならなかったわね。とにかく…こっち。」
静まり返ったフロアをちらりと振り返り、彼女はケイナの手を掴んだまま非常階段に続くドアを開けた。
「10階分、あがらないといけないけど…大丈夫?」
気遣わしげに彼の顔を見たが、ケイナが無言で階段を昇り始めたのでほっとした。
カインの部屋の前を通ったとき、よほど彼を呼び出そうかと思ったが、とにかくケイナをなんとかしなければと部屋のドアを開けさせ、自分も一緒に入った。
「早くシャワーを浴びて。バスルームにガウンあるから。」
ケイナの背を押し、急いで明かりを付けて室温を調整した。
その言葉にケイナは上着を脱いだが、その下の素肌も血まみれなのを見て、ティは顔をこわばらせた。
いったい何をしてきたんだろう。まさか人殺しじゃないよね。
でも、ケイナはカートとして動いていると聞いた。
バスルームに入っていくケイナを見送って、彼が脱ぎ捨てた軍服の上着をこわごわとりあげて眺めた。
何をどうしたらこんなふうになってしまうのだろう。
血にまみれているというよりは血を浴びたという感じだ。
いきなり震えがきた。
恐ろしさに思わず床にへたりこんでしまいそうになって、ティは慌ててテーブルの端にしがみついた。
だめだ、しっかりしなきゃ。そう思って、数回深呼吸をした。上着はそのままそっと椅子の背にかけた。
キッチンに行って熱いお茶を用意してポットに入れ、カップと一緒にテーブルの上に置いた。
バスルームの様子を外からうかがって、カインを呼ぶためにデスクに向かい、モニタの前に座った。キーボードに手を置いた途端にケイナが出て来たので、慌てて立ち上がって彼に駆け寄った。
「ケイナ、カインさんを呼ぶから…」
そう言った彼女の鼻先で、寝室のドアがばたりと閉められた。
「ケイナ、温かいお茶を用意したわよ。お腹は空いてない?」
ティは閉じられたドアの外から声をかけたが返事はなかった。
カインに連絡をしよう。そう思って、再びケイナのデスクの小さな画面に向かった。カインの部屋を呼び出すと、彼はすぐに画面に現れた。
「ケイナが帰ってきた?」
何も言わないのに彼がそう言ったので、ティは目を丸くした。
「ユージーがさっき連絡をくれた。部屋にいるの?」
ティがうなずくとカインは画面から消え、すぐにやってきた。

NEXT>>TOP