20.夢見(1)

カインはモニタから視線を外すと、椅子の背もたれに身を預けて大きく息を吐いた。
キーボードの上に置かれたまま、全く動いていない自分の指先に何度も気づいた。
ケイナがいなくなって3日になる。
バッカードの身代わり報告を受けて、プロジェクトに関わったスタッフは全員遺伝子レベルでの本人確認をした。
いなくなっていたのはバッカードだけだった。
恐ろしいと思ったのは、声紋や虹彩チェックでもバッカードはこれまでひっかからなかったということだ。
と、いうことは、声はともかく、彼は眼球の移植までもしたことになる。
そこまでして、何をしようとしている?
『ゼロ・ダリ』という金の成る木を見つけたつもりなのか?
それとも、リィ・カンパニーへの恨みか?
一昨日、ケイナが『コリュボス』に向かったとクルーレから知らされた。
「あいつ、昔のアパートに行ったんじゃないかな…。」
アシュアがそれを聞いてつぶやいた。
「『ノマド』の居場所を知るために、きっとジェ二ファに会うつもりなんだ。」
『コリュボス』に行くとしたら、それしかないだろう。
夢見の力を持つ彼女に、アシュアのいたコミュニティの場所を特定してもらうつもりなのだ。
ケイナは8年前、『コリュボス』のアパートにいた。
何らかの事情で『ノマド』のコミュニティから出た者が多く住んでいるアパートで、そこでジェ二ファはケイナを可愛がっていたようだが、そもそも、そのアパートが存在しているのか、ジェ二ファ自身がそこにいるのかは分からない。
アパートが存在して、もし、彼女が今もまだそのアパートにいたとしても、あまりにも遠い地球と『コリュボス』という距離を超えて、彼女が夢見の力でコミュニティの場所を見つけ出せるものなのか、カインには疑問だった。
(でも…。)
カインは握った手を顎に押し当てた。
自分はケイナの夢の中に入ったことがある。
地球にいて、薬で眠っている間に『コリュボス』にいたケイナの意識の中に入り込んだ。
ケイナはきっとそのことを思い出したのかもしれない。
クルーレはケイナの行く先を告げる以外、多くを語ってくれなかった。
「カート、としてケイナは動いています。申し訳ありません。」
彼は苦渋に満ちた表情でそう言って深々と頭を下げた。
「ユージーはなんと言っているんです。」
カインが尋ねると、クルーレはさらに沈鬱な表情になった。
「あなたと同じ気持ちです、リィ社長。ひとりでなんとかしようなどと狂気の沙汰だと。」
カインはクルーレの顔を見つめて口を引き結んだ。彼を睨みつけそうになって、慌てて視線を逸らせた。
クルーレは嘘をついている…。そう思った。
ケイナはもともと、ユージーの指示でカンパニーに送られてきている。その意味を、今まではリィがケイナ自身の体を管理し、彼自身が自分のそばにいてくれるためのものだと思っていた。
でも、違った。
カートは最初から『ノマド』の存在を疑っていた。
ケイナの前で『ノマド』は怪しいとキーワードをちらつかせた。
名目上、ケイナは自分の護衛をしてくれているような形になっていたが、『ノマド』として生活するアシュアのそばにいることが、そもそものケイナの存在の意味だったのだ。
自分で知らないうちに『ノマド』の思惑通りに動いてしまいそうになるのはアシュアだ。
ケイナはきっと顔に出さなくてもアシュアの様子を見ていただろう。
そして何らかの動きが出たとき、『ノマド』にもっとも接近しやすいのはアシュアではない。ケイナだ。
現にアシュアはコミュニティから弾き飛ばされている。
この事態をユージーはずっと前に予測していたのだろう。
ケイナなら、『ノマド』に乗り込める。リィにいれば、誰の指示がなくてもケイナなら自分で動く。
そう読んでいたはずだ。
そうでしょう、クルーレ?
問いたくなる気持ちをカインは抑えた。
面と向かってクルーレが、はいそうです、と言うはずはない。
もともとケイナに対して、リィは彼の体の管理をする以外に何の権限もないのだ。
彼と自分が友人である、ということ以外は。
今となってはケイナ自身もユージーの意図が全部分かっただろう。
その上で彼はみずから動き出した。
(おれはずるいんだよ。)
以前、そう言ったユージーの言葉が思い出される。
カインは視線を落として宙を見つめた。

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