20.夢見(2)

2日前からずっと決心がつきかねていることがある。
いなくなったバッカードは、本来消去するはずだった多くの情報を携えて『アライド』に飛び立っているだろう。
それはすでにエストランドの手に渡っているかもしれない。
このふたりだけは野放しにはできない。
ケイナは『ノマド』に行ったあとは、必ず『コリュボス』に飛ぶはずだ。
それだけは、やはり、させたくない。
カインは束の間ぎゅっと目を閉じると、顔をあげた。
ヨクが入ってきたとき、ちょうどカインはクルーレに直接連絡を入れているところだった。
声をかけようとしていたヨクは、通信中と知って黙って彼のデスクに近づいてきた。
「どうされましたか。」
クルーレはいつもと変わらぬ落ち着いた声で画面の向こうにいた。
「お忙しいところすみません…。」
カインはそう言うと、呼吸を整えるように一度大きく息を吐いた。
クルーレの表情が少し訝しげになった。
「クルーレ…。カートと契約がしたいと思っています。」
カインの言葉にヨクが目を細めた。
カートと契約?いったい何の。
「友人として…ケイナにこれ以上危ない橋を渡らせたくない。…カート社長にお会いできますか。」
ヨクが思い当たって目を見開いた。
「カイン!」
ヨクが飛び掛りそうになったので、カインは彼に手を突き出した。
口を出すなというカインの鋭い目を見てヨクは顔をこわばらせた。
「契約は不要でしょう。」
クルーレは静かに答えた。
「既に発ちました。」
カインとヨクは呆然として画面の中のクルーレを見た。
ふたりの顔を見てクルーレはかすかに笑みを浮かべた。
「ご心配なさらずに。まずは交渉です。そちらはこのことは知らなかったことにしてください。サン・バッカードは既にリィに所属しているわけではありません。あなたはリィ・カンパニーとして、できる限りのことはしておられた。エストランドとバッカードの接点を作ったのはカートに責任があります。そう、お考えください。」
何も言えなかった。
交渉?そんな生易しいことをするつもりなどないだろう。
相手がノーと言えばどうするかは目に見えている。
そのあとは…きっと…。
「近いうちに、カート社長よりあなたに面会の申し込みがあると思います。」
クルーレの言葉に体中の血管が縮んだような気持ちになった。
「…分かりました。」
かろうじてうなずくと、クルーレは画面から消えた。
見つめるヨクの顔をカインはかすかに震えながら見上げた。
「なんで、こんなことを。」
ヨクはカインを非難するような口調で言った。
「きみがひとりで決断するようなことじゃない。」
カインはそれには答えず、デスクに肘をつくと、両手に額を埋めた。
「月で500万。それを50年間…。半世紀だよ。なおかつ、リィ・カンパニーが存続するまで親族を含めた『身の安全を保証する』、と契約を交わした。それが破られたんだからバッカードにだって覚悟はあったということです。契約書をちゃんと理解していれば分かっていたはずだ。」
ヨクは口を引き結んでかすかにかぶりを振った。
「リィもカートも後ろめたいことだらけだ…。」
カインは呻くようにつぶやいた。
「背負えるのか…?」
ヨクのかすれた声にカインはかぶりを振った。
「ぼくの度量の問題じゃない。…それしかないと思う。」
背負えるかどうかなんて分からないよ。
本当はそう言いたかった。
すでに『ホライズン』があるのに。
カインは顔をあげて、ヨクを見上げた。
「準備を…お願いします。動かせる資金の調整と融資計画書を。カートはたぶん『ゼロ・ダリ』を買収したあと、リィの許容範囲内で売却するはずだ。」
ヨクはしばらくカインを見つめたあと、部屋を出て行った。
『ゼロ・ダリ』をカートから切り離す。
それにはリィ・カンパニーが所有し、全権限を持つしかない。
少なくとも、ユージーはそうするのが一番いいと、自分を信頼してくれたのだ。
それに応えるしかない。

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