12.Freezing Blue(1)

翌朝、カインは鼻っ柱を何かではたかれてびっくりして飛び起きた。
身を起こすと横にブランのあどけない寝顔があったので、彼女の手が自分の顔を叩いたのだと悟って苦笑した。
カインはベッドをブランに譲って自分はソファで横になるつもりだったのだが、ブランが眠るまで話をして欲しいとせがんだので、しかたなく適当な本を書架から取って一緒に横になってやった。結局そのままふたりとも眠ってしまったらしい。
それにしてもすごい寝相だ。
ベッドから半分投げ落ちているブランの足をベッドの上に戻し、毛布をかけてやって時計を見て思わずため息をついた。午前10時半だった。朝は7時には起きるつもりだったのに。
どうして誰も起こしに来なかったのだろう。
リアはいったいどうしたのだろう。
髪をかきあげて首をかしげながら寝室を出て、キッチンでコーヒーを淹れた。
デスクに行ってティのオフィスに連絡を入れると、彼女はすぐに画面に現れた。
「おはようございます、社長。」
ティはいつも通りの笑みを浮かべていた。
「何か連絡が入ってる?」
尋ねると、ティは目を別のモニタに移した。
「8時半に『ホライズン』のドアーズ博士から、都合のいいときに連絡が欲しいと。それと、クルーレさんから、星間機を無事着陸させたので、こちらに向かって出発すると伝えて欲しいと9時15分に連絡が入りました。到着は今日の午後4時だそうです。」
カインはうなずいた。
「ヨクは?」
「一時間前にウォーター・ガイド社との契約に出かけました。先方と昼食をとって帰ってくるそうです。」
「リアはどうしたの?」
「ヨクが出るときに一緒に『ホライズン』まで送って行きました。」
カインは額を押さえた。
「起こしてくれればよかったのに…。」
思わずつぶやくと、ティはちらりと外をうかがうように目をモニタから外して再びカインを見た。
「カインさん、起こしたのよ。3回も。」
「え?」
カインはびっくりしてティの顔を見た。
「呼び出しをずっと鳴らしたの。8時と9時と9時半に。でも、出ないんだもの。ドアーズ博士もクルーレさんも、一度はそちらに連絡をなさったみたいだったわ。誰も出ないからこちらに連絡が来たの。」
誰が聞いているはずもないのに、ティは声を潜めた。
「ヨクが疲れているんだろうから、寝かせてやれって…。」
カインは息を吐くと、椅子の背にもたれ込んだ。
自分に呆れた。
いったいどれだけ深く眠りこんでいたというのか…。
「それで、悪いと思ったんですけど…」
ティは一瞬ためらったが、口を開いた。
「ヨクとリアさんが出てから、お部屋に一度入りました。昨日の報告書がいただきたくて…。社長決済を待っていたんです。」
カインはデスクの上に目をやった。確かに昨日見た報告書の束がなくなっている。
「寝室に入って起こそうかとも思ったんですけど…。」
ティは申し訳なさそうに言った。
「今日は会議もありません。そちらで仕事をなさいます?」
気遣わしげにこちらを見るティにカインはかぶりを振った。
「いや、ブランを『ホライズン』に送って出社するよ。ドアーズにも会って用件を聞いてくる。」
「わたしがブランを送りましょうか。」
「いや、いいよ。」
カインがそう答えると、ティはうなずいた。
画面からティが消えたあと、カインはデスクから立ち上がって寝室に戻り、ブランを揺り動かした。
「ブラン、そろそろ起きろ。」
ブランは少し声をあげたが目を開けなかった。
「ブラン。」
彼女の頬に手を触れて、カインは目を細めた。
熱い。
額に手を当てると、自分の手よりもはるかに熱をもってかすかに汗ばんだ感触があった。

NEXT>> TOP