1.予感(1)

デスクの上に日差しが伸びてきたのを見て、そろそろ正午あたりかなとカインは頭の隅で思った。
長い指でせわしなくキイを弾きながら、その合間にすばやく指をボードの角のボタンに走らせると日差しがさえぎられた。
床から天井まで見事にはめ込まれた一枚板のガラスの上半分が「きちんと」スモーク状態になったのだ。
そう分かっていたのに手を止めてしまった。ちょっと疲れたのかもしれない。
時計を見ると予想より一時間も遅く、午後1時を回っていた。
思わず「ふう」とかすかな息を漏らす。
右手で首の後ろを少し押さえて立ちあがり、窓辺に寄って透明なままの足元を見下ろした。
ずっと下に小さく点のような人の姿が見える。
向かいのビルのモールのある階で5歳くらいの子供が母親に手を引かれて歩いている姿をガラス越しに見つけて、彼はかすかに笑みを浮かべた。
子供は生まれている。どんなに出生率が下がっていても、「まだ」子供は生まれている。
そのうち何人が寿命をまっとうできるかは分からないにしても。
結果が出るのが何年先になるかは見当もつかないが、環境改善を一番に考えて仕事にシフトしてきた自分は間違ってはいないのだとカインは自分自身に言い聞かせる。
ケイナとセレス、アシュアとともに走り抜けた1年半の生活。
『ノマド』で過ごしたほんのわずかの期間。
10代の多感な時期に得たあの記憶は心の中から消え去ることはない。
それは今の自分を成り立たせている大切な記憶なのだとカインは思う。
ふと背後に人の気配を感じて顔を巡らせた。視線の先に見慣れた濃いグレイのスーツを見つけてわずかに眉を吊り上げると、カインは再びデスクに向かった。
「社長さん、そろそろ昼めしを食べに行きませんかね。」
ヨクはいつも通りの笑みを浮かべて大股にデスクのそばに歩み寄ってきた。

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