11.ブラン(1)

ティは午前6時前に目を覚ますと、カインを起こさないようにそっとベッドから抜け出した。
とにかくアパートに戻って、ある程度片づけをして着替えをして、それから出社…。
そう考えていた。
(大丈夫かな…)
身支度を整えながら思った。
オフィスでカインの顔を見ていつものようにしていられるのだろうか。
上着をとりあげたとき、カインのデスクで通信音が鳴り響いたので、ぎょっとして飛び上がった。
しばらく様子を見ていたが、レコードシステムに切り替わる気配がない。
緊急連絡なのだろうか。緊急だったらいつまでも鳴り続けているだろう。
どうしようかと迷ったが、通信音が鳴り止まないので、しかたなく寝室に戻った。
「カイン…。」
肩を揺さぶったが、カインは全く起きる気配がなかった。
こんなに深く眠る彼はめずらしいかもしれない。
何度か揺さぶったがやはり起きる気配がないので再び部屋に戻ると、通信音はまだ鳴っていた。
ティは深呼吸すると両手で髪をなでてカインのデスクに近づき、キィを押した。
モニタに映ったのはクルーレだった。
彼の顔を確認しながら、視界の隅に昨晩渡した書類のチェックが全て終わってデスクの上に乗っているのを見た。
カインは起き出して仕事をしていたらしい。
この量だと、眠ったのはほんの一、二時間前だろう。
目が覚めないはずだ。
「早朝にすみません。社長は?」
クルーレはティの顔を見て少しびっくりしたような表情になった。
「まだお休みなんです。さっき声をかけましたが起きる気配がなくて…。」
ティはできるだけ普段通りを心がけながら答えた。
「そうですか。レコードしても良かったんですが、切り替わる様子がないのでお見えだと思いました。」
「昨日遅かったので、切り替えるのを忘れたんだと思います。」
「あなたも大変ですね。こんな早くから仕事ですか?」
クルーレの言葉にティはどきりとした。
「ずいぶん疲れた顔をしておられますよ。」
「あ、いえ、大丈夫です。」
必死になって答え、咄嗟にデスクの上の書類をとりあげた。
「これが、朝一番に必要だったので、入らせてもらったんです。」
クルーレはティの返事に特に興味がないような表情で小さくうなずいた。
単なる挨拶程度のつもりだったのだろう。
ティはうろたえた自分が少し恥ずかしかった。
「クルーレさんこそ、こんな早くからどうかなさったんですか?」
「今日はこれから現場に出ます。一日不在になりますので、それでレコードさせてもらおうと思いました。社長にお伝えください。ケイナとアシュアが『A・Jオフィス』の小型星間機で飛びます。」
クルーレの言葉に、ティは慌ててカインのデスクからペンと紙をとりあげた。

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