10.ナナ(2)

「お坊ちゃまがそっちには行きたくないって言ってる。意地でも地球に帰りたいんですって。」
「あっちはまだエアポートが使えない。最低でも一週間は無理だ。」
ナナはケイナに目を向けた。
「ですってよ。」
「フォル・カート、呼んで。」
ケイナは言った。
ナナは息を吐いて呆れたように手を振り上げた。
「聞こえた?さっきからずっと副社長を呼べって言うの。この子、相当のわがまま者よ。一緒にいる大男は役に立たないし、シャレにならないわ。」
アシュアがそれを聞いてむっとした顔をした。
「どうして副社長と話がしたいの?」
「知らないわ。前はグリーンランドに降りたとかなんとか言ってる。」
ケイナはナナの声を聞きながら足元の小石を拾うとしばらく義手の右手で弄び、そしてその石を投げた。
それは驚くほど遠くに飛んで、最後に岩にぶつかって砕けた。
ナナとアシュアがその飛距離にびっくりして口を開いた。
「ナナ?」
ナナは慌てて画面に向き直った。
「え、あ、ごめん。とりあえず副社長を呼んで。」
「分かった。」
ナナはそれを聞いてからケイナに顔を向けた。
「腕、使わないで。そういう使い方、今までしたことがないでしょ?」
たしなめる彼女の顔を見てケイナは幽かに笑った。
「じゃあ、いつ使うの。」
「段階ってものがあるでしょ?やっと動くようになったばかりなのよ?」
「左と同じくらいの感覚はあるよ。」
「だからって、そういう力加減を腕に覚えさせなくても…」
続きは言えなかった。フォル・カートが画面に現れたからだ。
「副社長、お忙しいところすみません。ケイナが副社長と話がしたいと。」
「いいよ。代わって。」
ナナは立ち上がると、ケイナの顔を見た。
ケイナはナナの座っていた場所に腰を降ろした。
「…よく、わたしのことを覚えていたね。」
フォル・カートはケイナを見て笑みを浮かべた。
彼の顔は7年前に比べて10歳以上は年老いたように見える。
前はまだ黒髪だった頭は真っ白になっていた。
「あんたが生きてて良かった。」
ケイナは答えた。
「あなたも副社長を知っているの?」
ナナは小さな声でアシュアに尋ねたが、アシュアは首を振った。
「いや…。おれは今初めて。」
ナナはそれを聞いて不機嫌そうにアシュアから顔をそらせた。
「ユージーは…どうしたの。」
ケイナの言葉にアシュアとナナがはっとした顔をした。
「目が覚めてから、誰もユージーの話をしない。おれのこと、『アライド』に運んだのはユージーなんだろ?」
「ケイナ。」
フォル・カートの声が曇った。
「ユージーは死んだのか?」
「生きているよ。」
アシュアはケイナが唇をかみ締めているのを見た。

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