25.ノマドの予測(2)

「ねえ、ケイナ。」
なに?というようにセレスの顔を見た。
セレスはぼんやりと宙を見つめていた。
「もう、ひとりにしないでね。」
ケイナは黙っていた。
「もう…ひとりになろうとしないでね。」
緑色の目が再びこちらを見た。
「約束してくれる?」
覗き込むような視線に、ケイナはかすかにうなずいた。
「もうひとつ約束して?」
どうしたんだろう。怪訝に思いながらケイナは訴えかけるようなセレスの目を見た。
「あのね…。」
セレスの顔が一瞬泣き出しそうに歪んだ。
「…先に眠らないで。」
ケイナはしばらく彼女の顔を見つめたあと、腕を伸ばしてセレスを抱きしめた。
氷の部屋での記憶。
彼女は怖いのだ。
呼んでも返事がかえってこないのではないか。吐息が感じられないのではないかとセレスは怯える。孤独に耐えた数時間が重くのしかかる。
「分かった。約束する。」
「ずっとだよ?」
「うん。」
「毎日だよ?」
「…。」
「これからもずーっとだよ?」
「分かったから、もう寝ろ。おれ、眠い。」
セレスは安心したように小さく笑い声を漏らすと、ケイナの首元に鼻先をくっつけた。
ケイナはセレスが規則正しい寝息をたてるまで、ずっと彼女を抱きしめて、髪を撫で続けた。
温かい吐息を感じながら、ハルド・クレイの顔を思い出していた。
くっきりと鼻梁の通った精悍な顔つき。厳しい目はセレスを見るときには優しくなった。
セレスは一度だけ、自分と繋いだ手よりもハルドの腕の中に飛び込むことを選んだ。
『ライン』を出て『ノマド』に行き、その『ノマド』からも弾きだされてふたりで向かった地球のグリーンランド。
迎えに来たのがセレスの兄のハルドだった。
兄の姿を見て無我夢中で走り出すセレスの姿を今でも鮮やかに思い出すことができる。
ハルドさん…おれ、こいつを守ってやらないといけないんだ…。
ケイナは心の中でつぶやいた。
考えれば考えるほど不安が襲いかかる。
セレスの目が覚めた今、『ノマド』のシナリオはどう描かれているのだろう。
血のように赤い色。
自分の周りに広がった無数の水の泡。
あのイメージのままなのだろうか。
それとも、セレスの目が覚めたことで方向は変わったのか。
ハルドさんが死ぬのか、自分が死ぬのか、それともふたりとも死ぬのか。
(お兄ちゃん、ぼくらはお兄ちゃんに生きて欲しいんだ。死んじゃだめだよ。)
ダイは自分にそう言った。セレスを取り戻すことが、おれが生き残ることになるのか。
だとしたら、ハルドさんはやはり助けられないのか…。
助けたい。
ハルドさんを取り戻したい。
ケイナは小さく息を吐くと明るくなった窓を見つめた。
朝の光が切なくなるほど美しかった。
これからは、目が覚めると明日がくる…。
何度目が覚めても、横に彼女がいて、昨日の続きの時間がある。
それだけを考えて生きていけたらどんなにいいだろう。
ケイナは視線を隣のセレスに移し、しばらく彼女の寝顔を眺めたあと、そっとベッドから抜け出した。
寝室から出ようとドアを開けたとき、セレスの声が聞こえた。
「ケイナ。」
振り向くと、セレスが起き上がっていた。痛々しいほど細い肩が見えた。
「一緒に…行くよ。」
ケイナは無言で彼女を見つめた。
「一緒に行く。カインとティにも会わなきゃ。」
ケイナが何も言わずに背を向けたので、セレスはベッドから下りて彼のあとを追った

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