16.声の記憶(2)

ティはケイナにプラニカの運転席を譲った。
「1週間後に、免許証が来るから。」
ティが隣の席で言ったので、ケイナは思わず彼女の顔を見た。
ティはいたずらっぽく笑った。
「こういうことができるのよ、カンパニーなら。でも、1週間は安全運転してね。つかまると無免許よ。」
ケイナはかすかにうなずくとプラニカを出した。
「昨日の今日なのに、外出できるんだ?」
ケイナが言ったので、ティは肩をすくめた。
「しっかりしろって言ったのは、あなたよ。それに、あなたが一緒なら大丈夫。絶対に。」
ケイナは何も言わなかった。
しばらくしてまた彼は口を開いた。
「セレスが来ると…あんたは嫌な思いをするかもしれない。」
自分からは滅多に口を開かないケイナが何度も話しかけるのはめずらしかった。
ティは不思議そうに彼の横顔を見た。
「どうして?」
ケイナは口を引き結んだ。言葉を探しているような感じだ。
そうか…。この子は人としゃべるのが苦手なんだ。
ティはふと思った。
無愛想だと思ったのはこれが原因だったのかもしれない。
彼にとって、相手の気持ちを推し量りながら言葉を選んで話すことは相当の苦労なのかもしれない。
だから聞かれたことにそのままの言葉を返す。
議論をふっかければ論破しようとする。
返す言葉によっては言い争いになるかもしれなくても、それしかできない。
そんな自分を、彼自身も少なからず自分で悟っているのだろう。
だから口を開かない。
「カインを信じてやってよ。」
ケイナの言葉にティは小首をかしげた。
どういうことだろう。
カインを信じることとセレスが来ることがどう繋がるのか、彼女は分からなかった。
「カインは…その…あんたのことが好きだから。」
ティは思わず顔を赤らめた。
「変なこと言うのね。」
ティは口を尖らせた。
「でも、あなたはセレスがそばに来てくれたら嬉しいでしょう?」
問いかけるとケイナはかすかに険しい表情を浮かべた。
「嬉しくないの?」
「…分からない。」
ケイナは答えた。
「分からない」という言葉を彼はよく使う。
分からない、というのは、その言葉通りなのだろう。
気持ちがうまく整理できないのだろうし、そのことをまた言葉で表現することも彼は苦手なのだろう。
「ケイナ…。」
ティは彼に声をかけた。
「いろいろ無理に話そうとしなくていいわよ。」
ケイナが目だけをちらりとティに向けた。
「ありがとう、ケイナ。わたしはあなたを信頼してる。一緒に頑張ろうね。」
ケイナは何も答えなかったが、束の間、彼の目が瞬きを繰り返すのをティは見た。
本当は脆く壊れやすい。
整った顔に美しい肢体、並外れた戦闘力と知性。
でも、覆いつくされた鎧の下にある彼はとても危うく脆いのかもしれない。
何年も眠りにつき、目覚めたときには世界が変わっていた。
自分の友人たちは自分の年齢を遥かに超え、好きだった人は記憶を失っている。
普通に考えて、彼が何のストレスもなしにいたはずがないのだ。
ごめんね、ケイナ。わたしはあなたの気持ちを分かろうとしてあげていなかった。
あなた自身を理解しようともしていなかった。
もっと早く分かってあげればよかったね…。
彼女は心の中でつぶやいた。

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