13.ミステイク(2)

「狙う時間を与えなければ意味ねぇよ。でなきゃ、超接近戦。…たいしたことない。」
カインは彼から目をそらせて息を吐いた。
だからケイナはあのときひたすら銃を撃ちまくっていたのだろうか。
たいしたことはない、というのはケイナだから言える言葉なのかもしれない。
「結局、その男はどうしたんだ?」
「おれが追った。」
ヨクの問いにアシュアが口を答えた。
「だいぶん警備を配置していたけど、あっという間に消えちまった。逃げ足も人並みじゃねえよ。」
ヨクはそれを聞くと、クルーレをちらりと見て不機嫌そうに黙り込んだ。
あんたの部下は今ひとつ使い物にならないんじゃないの?と言いたそうな表情だったが、さすがに口に出すのはためらわれたようだ。
「あなたは何か心当たりがあるんですか?」
カインはクルーレを見上げて尋ねたが、彼は小さくかぶりを振った。
「正体は掴めていません。」
ケイナが彼の言葉に反応してちらりと視線を向けた。
「ケイナとアシュアは『A・Jオフィス』の人間に手引きされて『ゼロ・ダリ』を出ています。」
クルーレは言った。
「その者は、出る前にケイナの治療に関するデータを『A・Jオフィス』に送り、なおかつ『ゼロ・ダリ』からは全て消去しています。」
クルーレの言葉にアシュアはナナと話したときのことを思い出した。
『わたし、『ゼロ・ダリ』を出る前に『A・Jオフィス』にごっそり情報流してきた。』
ナナは確かそう言っていた。
「データを流したのは、そのときだけではありません。数年前から少しずつ『A・Jオフィス』にデータを流出させています。ケイナが『ゼロ・ダリ』に行く前から。その話は長く我々には伏せられていた。カート社長は数ヶ月前から『A・Jオフィス』にデータの破棄を要求してきました。撃たれたのはその矢先です。」
「それが何か因果関係があると?」
カインはクルーレの顔を見上げてかすかに首をかしげた。
「狙う目的がはっきりしないんだけど…。情報流出を阻止したくて『ゼロ・ダリ』が差し向けたのなら、相手は『A・Jオフィス』のはずだ。データ破棄を疎んじむならぼくが狙われる筋合いはない。そちらの買収問題にもリィは加担していない。」
カインの言葉にクルーレはうなずいた。
「そうです。目的がはっきりしない。狙っているやつもはっきりしない。ただ我々とリィの共通点がひとつだけあります。」
カインはそれを聞いて目を細めた。
「…トイ・チャイルド・プロジェクト?データ破棄要求に、リィも加担していると思われた…?」
カインがつぶやくと、ヨクが身を前に乗り出した。
「トイ・チャイルド・プロジェクトはもう終わったプロジェクトだ!」
彼は憤慨したように言った。
「情報も何も残っていないんだぞ?」
「残っています。」
クルーレは答えた。カインはクルーレを鋭い目で見た。
「ケイナとセレス…?」
「そう、それと、ブレスレットとネックレス。」
「でも、もうダウンロード先には何も情報がない。アクセスもできないはすだ。」
カインは眉をひそめた。鍵だけを持っていても、開ける部屋がなければ意味がない。
「ケイナとセレスのもの以外に何か情報収集方法があったかもしれません。あるいは持ち出されたか。」
「それはない。」
カインは言った。
「プロジェクトの終了と同時に全てのデータは厳重な管理のもので破棄されました。ぼくが最後まで見届けています。」
そこで束の間、言葉を切った。
「…もっとも…。人の頭の中までは消去できないけれど。」
実際、カイン自身は覚えている。
しかし、それは今後の管理のために頭に叩き込んだものだ。
クルーレはそれを何か疑っているのだろうか。
カインとクルーレの会話を聞きながら、アシュアは首をかしげた。
ブレスレットとネックレス…。ブレスレット…。
この話最近どこかで聞いたような気がする…。
そしてはっとした。
「待って、それさ…クレイ指揮官のブレスレットじゃねえ?」
アシュアの言葉に全員が彼の顔を見た。
「クレイ指揮官のブレスレット?」
カインがつぶやくと、アシュアはこくこくとうなずいた。
「『アライド』でクレイさんに会うんだって言ったろ?あのとき、奥さんが言ったんだ。クレイ指揮官に渡したはずの形見のブレスレットがないから探してくれって、おれ、頼まれたんだよ。」
クルーレがカインの顔を見たので、カインはかぶりを振った。

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